「イタリアと日本における歴史的建築物の改修―ケーススタディとその操作的方法論」
日本設計 高阪英路
東京大学建築学科卒業後ローマ大学建築学部博士課程に留学し、建築のレクーペロ(修復再生)研究で博士号を取得され、現在、日本設計に勤められている高阪英路氏に、イタリアでの研究の成果を発表していただいた。
「第1章 ローマにおける歴史的建築物の改修」では、建築の介入に関わる用語の定義とローマにおける改修事例の調査結果を示した。日本では改修に関する建築介入の用語が浅薄な解釈と定義のまま用いられている。Piero
Ostilio Rossi教授によるとイタリアでは、「エスキモー人が雪の種類を、そのきめの細かさや重さ、気温、湿度などによって微妙な感覚で見極めるように、介入に関わる用語もわずかなニュアンスの違いで多様に定義され、ローマ人は使い分けている」という。レスタウロ(Restauro)とレクーペロ(Recupero)は日本語にしてしまうと両方とも改修という言葉になってしまうが、微妙なニュアンスの違いが大切である。レスタウロは新しい機能を挿入することは可能であるが、原則としてその形態において建物を変更することはできない。レクーペロは建物の形態の変更が許されていてレスタウロより広い範囲の介入を指している。他にも、Intervento:介入、Trasformazione:変換、Ristrutturazione:再構築、Riorganizazzione:再構成、Risanamento:再生、Ripristino:復元、Rinnovamento:更新、Conversione:
転用、Restyling:レスタイリング、Conservazione:保存、Ricostruzione:再建築、など、用語を再定義し、日本語の用語とどのような対応が見られるかを試みた。ローマにおける改修事例では、11点の事例を紹介した。クリナーレ厩舎は、螺旋階段(図1)を介入計画で付け加え、内部空間においてオリジナルの形態と異なる形態を導入する点でレクーペロの例と呼ぶにふさわしい。メルカーティ・ディ・トライアネイ遺跡(図2)は、Grande
Aula内の階段及びGrande AulaからForo di Traianoに向かう急な階段はオリジナルの形態を変えず、歴史的な価値を尊重している点においてレスタウロの典型的な事例である。アリタリアタワー(図3)では建築物の既存のイメージを他のイメージに変換するレスタイリングの手法が取られているが、日本でもっとも頻繁に見られる手法がレスタイリングに似たものといえる。
「第2章 日本における歴史的建造物の改修」では、横浜赤レンガ倉庫、明治安田生命ビル・明治生命館、同潤会青山アパート、伊勢神宮を例に挙げ紹介した。留学先でのローマの先生方の反応では、なぜ同潤会のアパートを保存しなかったんだとの意見や、式年遷宮が古くからおこなわれていたことに対する驚きなどがあった。
「第3章 ローマと日本における歴史的建築物の改修の介入に関する比較研究」では、はじめに「改修を取り巻く多面的側面に関するイタリアと日本両国間の比較研究」を建築的側面、文化的側面、経済的側面、法律的・政治的・組織的側面、歴史的・地理的側面、思想的側面から行った。つぎに「機能別に見た両国間の改修の比較」を工業建築、事務所建築、住宅、宗教建築、美術館・展示空間からを行った。イタリアでは1960年以降、都市計画及び歴史的建築保護に関する法律が厳格に定められており、一つの改修を完成させるまでに長い時間をかけて多くの議論を積み重ね、必ずしも完成に至らない場合もある。大学教育において、改修に関する教育は、重要な分野として講義が組み込まれている。国家組織における改修部門では、建築物の改修・保存を担当するMinistero
per i Beni e le attivita` Culturali(文化財省)やSoprintendenza(監督局)が存在し、建築行為においてそれらの存在は非常に大きい。改修における材料収集にあたって、古材バンクが整備されていて、材料のストックが整っている場合があり、改修を通じてオリジナルの状態に復元しやすい環境が整えられている。
「第4章 結論」では、改修のコンセプトとして、芸術作品としての建築物の改修において、物理的強度の回復、美的要求に応答すること、歴史的要求に応答すること、有用性の要求、が求められると考える。建築物を構成する材料に関してでは、建築物に関わる材料の概念を深く理解することが求められる。イメージの表出としての材料は、構造と外観とに分割される。建築物を構成する全ての材料をオリジナルの状態に復元することは困難であり、「本物」としてのオリジナルをどこかに留めることは不可能ではないか、同時にそれこそが強く求められる。内部空間の構成に関してでは、改修を通じた魅力的空間の再生において重要なことは、「調和」や「緊張」という主観に左右されがちな雰囲気があるかという「事実」よりも既存と新たな建築物の間の配置と接続いう「手法」にあると考えられる。機能の変換と価値判断の問題では、なにをどのように残すかといった判断が大切で、オリジナルの機能と、新しく指定された使用との間の両立性の評価であると考えられる。また、介入の可逆性と再認識が必要である。
イタリアの改修の方法論をそのまま日本に適応させることがふさわしいわけではないが、現代の改修をおこなう上での、万国共通の本質的な事項というものがあり、経済的観点、法律的観点から日本における改修の可能性がどうあるかを研究する必要がある。歴史に対する位置づけや興味教育が日本とイタリアでは大きな開きがあり、一般の方々に、改修を行い蘇生した空間がいかに魅力的か、どうして魅力的になりうるかを知ってもらう役割が必要である。歴史、美、現代性、時間という四つの項目があって、そのうちのいくつかが交わるところに歴史的建造物の魅力を感じるのではないだろうか。最新のものこそ現代性と考えられがちだが、それは歴史の積み重なりの1ページ目を見ているだけのことであって、その積み重ねられたページをめくることで、奥行きや豊かさが現代性の中にも見出すことができるのではないだろうか。
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[図1
クリナーレ厩舎 新しく挿入された螺旋階段] |
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[図2
メルカーティ・ディ・トライアネイ遺跡] |
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[図3 アリタリアタワー] |
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