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再生プロジェクト研究会

日時:2004年10月27日(水) 19:00〜21:30
場所:法政大学市ヶ谷校舎 80年館7階 大会議室

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『ヨーロッパの事例を訪ねて』 古郡宏光
現代水辺建築を求めて、欧州10ヶ国を巡り調査し、現代建築と水辺の関係を、都市的な水辺建築と、水に対するデザインが強くでている水辺建築という、二つの視点から作品を紹介しながら考察していく。
第1章、都市的な水辺建築として、3つの例を見ていく。まず、テムズ川におけるウォーターフロント新開発ドックランズ(イギリス:ロンドン)は、ロンドンの記憶を残すことが最優先事項とされたため、造船用ドックの頃の大規模な水面を残した開発がなされ、水辺との接点が多いけれども、開発面積対してオフィスビルの床面積が十分に確保できないといった問題点も挙げられる。
次に、ローヌ川における国際都市(フランス:リヨン)では、以前リヨン国際貿易センター、会議場のグラン・パレとして機能していた敷地に、レンゾ・ピアノによって集合住宅や公共施設、商業施設を含む国際都市が計画され、かつてのグラン・パレを尊重した配置計画を残しつつ、かつては分断されていた公園と川をつながりのある計画としたが、眺望や動線の広がりにとどまり、川の要素を取り込んだ開発が今後求められるだろうと感じる。
最後に、ジェノバ港再開発計画(イタリア:ジェノバ)では、必然的に人がこなくなった港を、大通りの地中化によって都市からの流入のしやすさを確保し、大広場や埠頭と船を利用した水族館、倉庫を商業施設にコンバージョンするなどの整備によって、ジェノバの都市と港とのつながりができた。
第2章として、水に対するデザインが強くでている水辺建築を見ていく。まず、水を建築内部もしくは敷地に取り込み生活空間と近づけている例として、MVRDVによるSILODAMとボルネオ7区の住宅(オランダ:アムステルダム)を紹介する。まずSILODAMでは水辺に向いた集合住宅を計画し、水とふれあう場が提供された。ボルネオ7区の住宅は片側が道路、もう片方は運河に向く配置計画で、運河に面した1Fの部屋から張り出したバルコニーからは直接水にふれあうことが可能で、ボートが停泊してあったり釣りを楽しんでいる光景も多く見られ、やはり水辺に開く計画がなされている。
次に、川から水を引き込んでいるかのような人工池を設置している代表例として、グッゲンハイム美術館(スペイン:ビルバオ)では、美術館を囲むように人工池が配置され、特に川側では、まるで人工池が川から取り込まれたような擬似的場が生み出され、水面から太陽の反射光を浴びたチタン外壁の幻想的表層が印象深かった。

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[DOCKLANDS]
[リヨン市]
[ジェノバ湾再開発計画]

 

『米国東海岸の近況を見る 大江新
都市は水辺から発祥してきたが、多くはダウンタウンとして衰退してきた。ウォーターフロントの活性化によって都市再生を図る上で、このような場所が賑わいを取り戻すためにはどうすればよいのかを、米国東海岸のボストン、ボルティモア、ニューヨークのウォーターフロントの近況から見ていくことにする。
ボストンは、1630年に英国人が入植し、19世紀大規模な埋め立てによって市街地を拡大してきた。1950年代には、セントラルアーテリーの建設やウエストエンド地区のスラムクリアランスが行われ、ファニエルホール・マーケトプレイスは、市ではなく民活によって再生された。ここで注目すべきことは、古い歴史的なものを核に開発が行われたことである。その後も、19世紀の埠頭上の建物群の改修修復がなされ、店舗や住宅が入り、水際11m以内をオープンスペースとして確保したハーバーウォークや、チャールズ川沿いには静かな水辺のある森などが整備された。そして、高架道路の地中化計画ビッグディッグによって、高架道路によって分断されていたダウンタウンとウォーターフロントの連続性が回復した。今後、地上部分を公園として整備していくことはもちろん、高架がなくなった今、高架道路の影に隠れ目立たなかった建物は、その姿がさらけ出された状況にある。それらをどう修正していくべきなのかを考える必要もあるだろう。
次にボルティモアは、造船や鉄鋼で賑わった港町であり、1960年代から衰退したが、コンベンションセンターの誘致によって成功し、アメリカ各地から人が集まるようになった。それ以外にも帆船のミュージアム化や、火力発電所に店舗を入れたコンバージョンなど、インナーハーバーとチャールズセンターの整備によって活性化がなされた。また歴史地区に指定されたフェルズポイントでは、最近人気が出始めるなど注目されている。
最後にニューヨークでは、大西洋からの船を受け入れるために、拡大された埠頭が徐々に取り壊されて、歴史をからめたて開発できる場所が少ない中で、遅すぎた特殊解として、サウスストリート・シーポートが挙げられる。古い建物や係留された船などにミュージアムブロックを入れこむなどの整備が行われた。またピア上の建築規制や周辺部への容積移転によって、水辺のオープンスペース増大が促進された。
以上、これらの都市では、歴史的なものをうまく活用し、水辺に人々を呼び込む整備が進められていることがわかる。また取り残されていた地区が魅力的になりつつあることも注目すべき点である。

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[Rows Wharf]

 

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